文士刮目の連載49回目【コメ問題 大切にしたい「ことばの重み」伊神権太(写真は江藤農相更迭を報じた新聞各紙)】

 前回はその土地ならでは、地方文化の代弁者と言ってもよい「方言」に焦点をあてましたが今回は人それぞれ人生のかじ取りに役立ち、生かされるといおうか。その時々の人生、いや行く手の羅針盤と言ってもよいことばの「重み」「壁」について考えてみたい。
 デ、最初に頭に浮かんだのが、江藤拓前農相のコメ発言です。彼はさる5月18日、自民党佐賀県連の会合で、こう言い放ちました。「コメは買ったことありません。支援者の方々がたくさん下さるので、家の食品庫に売るほどある」とです。とはいえ、この消費者すなわち国民をバカにした思い上がりも甚だしい発言。かえってコメ不足、コメ高騰の中で国民の不安と怒りの声が湧きあがり、火に油を注ぐ形となったのです。結局、江藤農相は事実上の更迭となり、後任には小泉進次郎自民党前選対委員長が起用されましたが、昨年10月の石破内閣発足後、こうした閣僚辞任・交代劇は初めてだけに政権への打撃となったことは間違いありません。

 ここで先ず思うことはといえば、です。みなさん、どなたでもそれぞれの人生航路の途中、行く先々で先輩や恩師、友人等々から投げかけられた、忘れられない言葉があるはずですよね。わたくし自身も自ら歩いて来た人生の道すがら、多くの言葉に出会いました。殺し。災害。航空機の撃墜、誘拐殺人、さらにはサンズイ(汚職)、暴力団のドンパチ(抗争)など。取材のさなかや過程で数え知れないほど多くの言葉に出会いもしました。
 あれは新聞記者になってまもなく。昭和45年7月。まだまだヒヨッコの駆け出しだったころです。当時、私は人生初のサツ(警察)回りとして信州は松本支局で在任。夏山遭難の警戒取材で上高地の臨時支局に常駐派遣されました。1日、2日…と平穏な日が続いていたこともあり、私はその日、思い切って北アルプス登山への挑戦を決断。トランシーバーを手に午前8時ごろ、臨時支局を出発し先輩記者から「初心者向きの山だから登ってみるとよい」と言われていた蝶ケ岳への登山を決行。人生初の登山への挑戦となりました。
 ところが、です。昼過ぎになり、やっと蝶ケ岳の頂上近くにたどり着いたところで私の頭上からゴオン、ゴオン、ゴオ~ンというとてつもない大音響が耳をつんざいて聞こえてきたのです。一体全体何ごとかと思い、トランシーバーで松本支局に無線連絡。すると。なんと「君は今、どこにいるのか。読売の取材ヘリが北ア・槍ヶ岳に墜落、大騒ぎになっている。すぐに涸沢まで行き、下山してくる登山者の中に墜落現場に遭遇した人物がいるかどうかを手当たり次第に聞いて、もしいたら現場の状況などをメモ書き勧進帳原稿でよいので支局に送るように」とのデスクからの指示。そこまでは良かったのですが……。
 デスクに代わって電話口にいきなり出た支局長曰く。「ガミちゃん。君は一体全体、何をしていたのだ。『山で行動するときは朝早くから動くように』と、あれほど言っておいたじゃないか。蝶に登るのなら、午前4時には行動しなければ。一体、君は何のための常駐記者なのか。これでは意味がないじゃないか」と烈火の如く叱り飛ばされたのである。
 その支局長。常日頃は【仏の支局長】で知られるほどで、それまで支局員を叱ることなど一度もありませんでした。それだけに、私はあの日の叱責を今も忘れられないのです。幸い、その後、うなだれて支局に戻った時には支局長はじめ、デスクも同僚たちも記者全員が「ガミちゃん。お疲れさま。大変だったね。ご苦労さま」と私の出遅れには一言も触れず、温かく出迎えてくれたのです。というわけで、私はあの日以降、出遅れ取材だけはすることがないよう務め、その後の記者生活に大いに役立った。そんなように覚えています。

 ともあれ、長い人生。これはごくごく一例に過ぎない。ほかに、紙面に不満を持った暴力団組員から「おまえの旦那を殺してやる」の電話が入り、「殺せるものなら殺してみな」と今は亡き妻がタンカをきり、通信局に帰ったら妻の手配で防弾チョッキ姿のデカ(刑事)たちが待機していてくれたこと、など。取材人生の節目での、こうした言葉の数々は今も忘れられません。
 そして。ただひとつ言えることは、どんな時でも反省すべきは反省して前に向かって大きな一歩を踏み出すことの大切さ。私は今、あらためてそう思っています。そんなわけで、あの日の【仏の支局長】の一喝はその後の記者街道にも大いに役立ってきたーと、そのように思うのです。そして米発言で更迭された江藤さん。あの日の失言を肝に銘じて今後は清く正しく国民優先の姿勢で、と願う私でもあります。
 5㌔当たりコメ価格4268円(5月22日現在)が早く2000円台で店頭に並びますように-と願いつつ。小泉進次郎農相の「5㌔当たり2000円で店頭に並ぶようにしたい」との言葉を信じつつ。
(2025/6/1)

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