連載 故郷福島の復興に想う 第20回――営農 谷本 多美子(アイキャッチ画像 原発事故により原町区に移転した双葉町玉野家の墓地) 2025.03.27 昨年末(2024年)故郷南相馬市の同じ集落の一人の男性Hさんから電話があった。筆者が若い時分に故郷を後にしてから、婚姻によってH家の家族となった方なので面識はなかった。話の内容は、東日本大震災、続く東京電力福島第一原発の爆発事故以来、放置されていた農地の一部を耕作し、近い将来水稲を栽培することに
連載 故郷福島の復興に想う 第19回――復興か破壊か 谷本 多美子(アイキャッチ画像 無人になった大堀窯元) 2025.02.27 2025年を迎えた。昨年は元旦から能登半島地震のニュースが流れ、日本中に衝撃が走った。今年は新年など来なくていいと思っているうちに、容赦なく時間は巡ってきた。さらに1年の2か月が過ぎようとしている。そして間もなく14回目の3.11が巡ってくる。 年が明けてほどなく、芥川賞と直木賞の発表を
連載 故郷福島の復興に想う 第18回――町が消えた 谷本 多美子(アイキャッチ画像 福島第一ハプテスト協会) 2024.10.24 2年ぶりにお盆に合わせて帰省した。今回も墓参りのついでに親戚や知人を訪ねたり、気になる場所をあちこち見て回ったりしたいと思い、息子にドライバーを引き受けてもらった。高速道路は、都内何か所かで帰省ラッシュに遭ったが、常磐自動車道に入ると茨城を過ぎたあたりから順調に走れるようになった。それでも普段よ
連載 故郷福島の復興に想う 第17回――13年が過ぎて 谷本 多美子(アイキャッチ画像 「西山家の田圃」) 2024.05.23 新しい年度となり、原発事故から13年が過ぎた。能登半島地震からも早5か月。新学期を迎えて、能登地方の一部の地域の子供たちが自分たちの故郷の小学校で入学式を迎えたとニュースで報道されていた。新年早々の大地震や津波のニュースには大変なショックを受けた。1月の北陸地方の寒さは、積雪もあり、南関東に住ん
連載 故郷福島の復興に想う 第16回――13回目の3・11 谷本 多美子(アイキャッチ画像 請戸の被災者慰霊碑) 2024.03.21 13回目の3・11が巡ってきた。年を経るごとに、記憶は薄れるどころか、言いようのない感情に襲われる。視覚から、聴覚から、情報は水のように入り込んできて、全身に積もってしまったようだ。 少し前から、メディアを通じて、東日本大震災の被災地の今、や被災者についての報道がされてきた。真っ先に、福島の原発
連載 故郷福島の復興に想う 第15回――神奈川避難者と共に歩む会に参加して 谷本 多美子(アイキャッチ画像 歩む会談話室) 2024.02.22 2024年2月3日節分の日、横浜市中区の波止場会館で行われた「神奈川避難者とともに歩む会」のイベントに参加した。筆者の母と妹も神奈川に避難していたのだが、二人の体調不良と、彼女たちのケアを筆者一人で担っていたために、精神的にも余裕がなく、一度も参加できずに今日まできてしまった。その母も亡
連載 故郷福島の復興に想う 第14回――核無き世界を願って鐘は鳴る 谷本 多美子(アイキャッチ画像 同慶寺鐘楼) 2024.01.25 間もなく東日本大震災、福島第一原発爆発事故から13年となる。事故当時に生まれた子供たちは13歳だ。現在の13歳の子供たちに、東日本大震災や福島第一原発事故のことを聞いてもほとんど知らないと言う。国内の、一つの県だけで起こった事故のことなど、時間の経過とともに人々の記憶から薄れてしまう。大人でも語
連載 故郷福島の復興に想う 第13回 ――カクテルパーティー 谷本 多美子 2023.11.23 東京電力福島第一原子力発電所の爆発事故で、今なお立ち入り禁止の面積が62%(2023年2月現在)もある大熊町に、若い女性たちが移住し、毎月一回集まってカクテルパーティーを開いているという記事が、9月1日の朝日新聞朝刊2面に載っていた。「時時刻刻 大熊の誤算」とタイトルがついていた。サブタイトルには
連載 故郷福島の復興に想う 第12回 ――福島県立双葉高校創立100周年記念 谷本 多美子(アイキャッチ画像 双葉高校の現在) 2023.10.26 昨年、母校福島県立双葉高校の後輩から「来年は母校創立100周年記念祝賀会を予定しているから、ぜひ出席を」と連絡をもらった。「万障繰り合わせて参加します」とそのときは答えていた。後輩は母校の同窓会本部の会長でもあり、退職前の三年間は母校の校長でもあった。2011年3月11日から、母校は立ち入ること