書評 文学という水先案内人~村上政彦著「ぶら〜り 文学の旅」 広谷 鏡子

『ぶら~り文学の旅 』
村上政彦著
2023年1月31日発行
鳳書院
1,500円+税

 コロナ禍は多くの不自由を世界中の人たちに強いたが、その一つは“旅”であったろう。表面上はコロナが明けたかに見えるこの一年ほどの間、旅を封印されたストレスが猛烈な勢いで、各地で発散されているのをみればわかる。そんななか、「本を読む行為は、旅をすることに似ている」と考える著者・村上政彦氏は、それほどのストレスを溜めずに済んだのかもしれない。
 村上氏の言葉に、ミヒャエル・エンデの『はてしない物語』の表紙を開くやいなや、主人公と一緒に旅を始めた若い頃の強烈な記憶が蘇ってきた。とはいえ、エンデの傑作だからこそそんな体験ができたと思っていたら、「村上旅行社」では、本で日本全国の旅を提供するというのである。47都道府県すべてを舞台にした文学作品へと、読者を案内してくれるのだ。これぞ文学旅のガイドブックなのだった。
 さっそく、表紙を開いてみよう。北海道・東北編に始まり九州・沖縄編までの六つの地域を、北から南へと辿る旅だ。最初の旅は北海道で、『雪女』(和田芳恵)。いきなり雪女に出会う話? 否。妻がどさっと雪に倒れ込んで作った顔型に自分の顔を重ねて、雪女のようだ、と思う夫のひたむきな愛を描いた短編だった。「冷たくて、熱い、雪の感触が伝わってきます」と案内役の村上氏は結ぶ。
 同じ雪を扱っても、新潟県は、『雪国』(川端康成)。名作すぎて読んだかどうかも忘れてしまった私は、越後湯沢駅構内にある利き酒のできる「ぽんしゅ館」を思い浮かべていた。そして、県境で長いトンネルを抜けることがあれば思い出す、冒頭の有名すぎる一行。案内役は、「国境」(のトンネル)を「こっきょう」と読ませるか「くにざかい」と読ませるかで作品の印象がまったく変わってきます、と解説する。あらためてこの名作の扉を、猪口を片手に開いてみたくなる。
 さて次は、我が故郷を旅してみるか。どれどれ。中国・四国編の、香川県。『瀬戸内海のスケッチ』(黒島伝治)。ん? 私は瀬戸内の島の生まれだが、知らなかった(汗)。作家は小豆島の人で、「この瀬戸内海の島にいると第一番の関心事となると天候である」とあるように、天気とともに生きる農民の日常が描かれる。「(台風が去った後の)空の青さは長らく見なかったと気づくほど澄みきって青かった…だがあの暴風雨を経なければこの青空は見られないのかもしれない」との引用に続いて、「僕はこの青空を見たことがあります…手を伸ばせば、指先まで青く染まる空――人の生涯にも同じことがあるものです」と案内役の一言。瀬戸内の旅に導かれているような気になりませんか。
 現在、私は香川県在住だが、この本は東京滞在時に読んだ。本を携え山手線やら地下鉄やらで動き回ったが、次の駅までの数分間に一地域を旅することができるような分量に、一話がまとめられていた。ひとつ旅すると、次の駅に着いている。旅の余韻がもうひと駅分続くこともある。都会の電車で、いくつもの小さな旅を楽しんだ。
 コロナに限らず、いくら不自由を強いられても人は無意識のうちに心の中で、頭の中で、旅をしているのかもしれない。文学という水先案内人と一緒なら、その旅がさらに格別なものにならないわけがない。
 「村上旅行社」は、次は海外旅行も企画しているそうで、それも楽しみにしよう。不景気も円安もまるで関係ありませんからね。

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