酌み交はす和やかな輪に旅立ちし人も加はる信濃追分
しなの鉄道の小さな駅から散歩がてら行った所に、ひっそりとした蕎麦屋がある。
お姉さんに、胡桃蕎麦と冷酒をたのむと「明鏡止水、ありますよ」。無愛想ながら私の好みを覚えていた。
静かに注がれ、表面張力をこえるまでを見守るのが好きだ。
別荘からいらした小説家のK先生と、ここでばったりお会いした夏が過る。赤ワインを嗜み、九十の坂を超えて尚健筆を揮っておいでだった。ひんやりと爽やかな味わいが、世の隔て無く懐かしい方々を連れてくる。
(初出 角川『短歌』10月号)