トランプ現象とは?

 四年前、ドナルド・トランプが大統領になったとき、ああ時計の針が逆戻りしていくと思った。白人至上主義、移民排斥、メキシコとの国境に壁を建造するなど、南北戦争の時代まで逆行していくような気がした。
 アメリカだけの現象ではなかった。中国はウイグル自治区に強制収容所をつくり、日本の首相は(原発事故などなかったかのように)ひたすら改憲をめざしていた。北朝鮮はミサイルを発射し、中東ではテロ事件がつづいている。歴史が逆行していく。とめどなく、世界が劣化していく。
 そんな四年が過ぎて、また大統領選挙の日が迫ってきた。初めの頃は、トランプ大統領の粗暴さ(反知性主義)と、リベラリズムとの対立であると思われた。ところが、途中から雲行きが変わってきた。白人の警官が、黒人を不当に殺害する事件がつづき、BLM(ブラック・ライヴス・マター)の運動が起こり、選挙の争点が明確になってきた。人種問題である。
 白人や黒人の若者たちが、BLMと記したプラカードをかかげて行進していく。六〇年代のアメリカを彷彿とさせる光景だった。アメリカは圧倒的な経済力、軍事力の国であるが、一方で、デモクラシーや自由、ジャズ、映画、文学など、新しい文化を発信しつづけてきた。それが世界の牽引力にもなってきた。ところがトランプ大統領は、まったく異質だった。粗野な不動産業者で、文化への共感などかけらもない。
 そして今回、大統領選挙に敗北したが、それでも、七〇〇〇万以上の票を獲得した。さらにトランプ支持の群集が、議事堂に乱入した。目を疑うような光景だった。世界中が驚き、唖然とさせられた。アメリカはこんな国だったのか。
 トランプ現象がどこに起因しているのか、おぼろげながら想像がつく。
 若い頃、わたしはアメリカで暮らしていた。当時から、アメリカの人種比率は逆転していくだろうと囁かれていた。だが、まだまだ先のことであって、漠然とした予測にすぎなかった。
 だが現在の統計学によると、二〇四四年を境に、白人の人口は五〇パーセントを割って、少数派へ転落していくと明示されている。二三年後のアメリカは、黒人とヒスパニックが大多数の国になるはずだ。わずか一世代後である。
 白人たちの間には、そんな不安が潜んでいるはずだ。もともとアメリカは、ヨーロッパからの移民たちが、先住民族を虐殺し、大地をまるごと乗っ取って、建国した。
 さらにメキシコとの戦争に勝利して、広大な大地を安く買い叩いて手に入れた。カリフォルニア州、ネバダ州、ユタ州、アリゾナ州、テキサス州、ワイオミング州、コロラド州などである。アメリカの西海岸は、ほとんどメキシコの領土だったのだ。
 アメリカとメキシコの国境ぞいに旅したことがある。太平洋側のティファナからメキシコに入国して、東へ辿【たど】っていった。トランプが壁をつくると公言した国境である。金網の上には、広告の大看板が連なっていた。北側は英語、南側はスペイン語だった。
 ある朝、ホテルの窓辺で歯を磨きながら外を眺めていると、三人の少年たちが身軽に、するすると国境の金網をよじ登って、アメリカ側に着地して、そのまま走り去っていった。嘘のような話だが、マクドナルド店の角を曲って消えていった。わたしは痛快でたまらず、歯ブラシを手にしたまま大笑いした。
 メキシコからの密入者は、これからも絶えないだろう。かれらには、ほとんど罪悪感がないはずだ。不当に奪われた母国の土地にもどっていくのだから。
 アメリカが黒人とヒスパニックの国になっても、わたしは少しも驚かない。建国以来の、当然の成り行きではないかと思っている。
 ただ残念なのは、先住民アメリカ・インディアンの存在が表に出てこないことだ。現在、インディアン人口は二五〇万人ぐらいだと言われている。かなり多めに見積もっているのではないだろうか。それでも、全人口の、〇・九パーセントに過ぎない。これでは選挙の行方を左右する力にならない。メディアも完全に無視している。だがアメリカで起こる現象を奥まで突きつめていけば、かならず先住民の存在にぶつかるはずだ。

会報21号より(2021年2月25日)

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