連載 故郷福島の復興に想う 第20回――営農 谷本 多美子(アイキャッチ画像 原発事故により原町区に移転した双葉町玉野家の墓地)

 昨年末(2024年)故郷南相馬市の同じ集落の一人の男性Hさんから電話があった。筆者が若い時分に故郷を後にしてから、婚姻によってH家の家族となった方なので面識はなかった。話の内容は、東日本大震災、続く東京電力福島第一原発の爆発事故以来、放置されていた農地の一部を耕作し、近い将来水稲を栽培することになったのだという。それはよいことだと喜んだのも束の間、話は思いがけない方向へと進んだ。
 今回の耕作予定地は、筆者が故郷を離れてしばらくは筆者の実家の戸主であった祖父の所有地でもあった。時が経ち、祖父も他界し、土地の所有権は、祖父の実子である、筆者の母に移った。しばらくは母が耕していたが、筆者を含む子供たち三人は都会に出てしまい、何か所にもある広大な農地は母の手には負えなくなり、タイミングがよかったのか悪かったのか、東京電力とゆかりのある福島県職員の話に乗り(と母が話していた)、肥えた農地はすべて東電の代替地として母が売却してしまっていた。
 いかに広大な農地であれ、現金に換えてしまっては、商才などみじんもないただ消費することしか知らなかった母によって、実家の財産はほとんど失われてしまった。残ったのは、家屋敷と、母が細々と野菜などを栽培する屋敷内の畑と、あちこちに散在する畑と、荒れ果てた山林だった。実家から少し離れたところにある何か所もの畑は、人の手が入らないまま現在は原野と化してしまった。
 母から東電に渡った土地は、同じ集落のあるお宅が購入した。今回国か地元の行政から営農の奨励を受けたのか、自らの意思なのか、深く追及はしなかったが、営農の対象者は筆者の母が売却した土地を購入した、仮にI家と呼ぶことにするが、そのI家である。問題は、水田を挟むように存在する里山の木が農道を塞いでいて、農機具など搬入できないので、木を伐採してほしいということだった。
 里山の所有者は筆者のほかに数件ある。他の場所に移住していたとしても、若者がいる家庭は自身で伐採は可能だろうが、筆者のように高齢で、現地に住まいはすでになく、子供も都会育ちで農業や林業の経験もない家庭は、業者に頼むしかない。
 先に電話で連絡をくださったHさんを含む数軒も高齢者家族なので、業者に頼まざるを得ないのだという。話しているうちに、水田や畑の耕作者には国から補助金が出る、と知った。木を伐採するところまでは、仕方がない、とあきらめの境地になっていたのだが、営農者に補助金、と聞いた途端、急な気温の上昇でびっくりして地面から芽を出した球根のように、不公平感がむくむくと頭をもたげてきた。
「それは不公平ですね。みなさん賛成なのですか」とつい口から出てしまった。
「いや、なんだそんなことでは、田んぼなんかつくんねほうがいがったな、なんていう人もいました」
 Hさんは、いくつかの業者の見積もりをとって比べているところだとも言った。
「一番価格のお安いところでどのくらいかかりそうですか」
「大体一軒あたり5、6万円ではないかと思います」
 こんなやりとりが始まったが、たまたま地権者の代表に選ばれ、しかも初めて話をするHさんにこの件について深く追及するのは違うと感じて話を終えた。
「今度関係者だけで集まって話し合うことになっているから、また連絡します。もし時間があったら来てください」
「遠いのでたぶん行かれないと思います」と答えてその日の話は終わった。
 年が明けてしばらくして、Hさんからアンケート用紙が届いた。三つの項目のどれかを丸で囲む簡単なアンケートだった。「その一、樹木の伐採を業者に依頼する」、「その二、自分で切る」、「その三、わからない、その他」、だった。筆者は「わからない」に丸を付して、その他の項目に、「自分での伐採は無理だが、頼める親戚知人もいない、この不公平な扱いを疑問にも思うが、ほかに手立てがないので、結局は業者に頼むようになるのか思案中」と記入して返送した。
 1か月ほどしてアンケートの結果がHさんより送られてきた。「業者に頼む」が圧倒的に多い、予想通りの結果だった。14年前は元気で農業をしていた人々も、突然に故郷を追われ、避難生活をしているうちに、農業の空白期間が生まれてしまった。何年も経って避難指示解除になって故郷に戻っても以前の元気はない。さらに津波にも襲われた集落の半分は危険区域となり、人々が戻ることはできない。山林の所有者の多くは、筆者ほど遠くはないにしても、生活していた場から遠く離れたところに移住している。
 2025年3月になって、山林の木の伐採が済んだことと、業者への支払いの金額が記載された内容の手紙がHさんから送られてきた。筆者の支払い分は12万円弱となっていた。5、6万円ではなかったのか……。経済的に豊かな人々にとっては、痛くも痒くもない金額だろうが、筆者のように普通に暮らしてきて、人生の途中で早々と夫を亡くし、金銭とは無縁の生活をしてきた者にとって、10万円どころか5万円でも予定外の出費には痛みを覚える。今回は支払ったとして、根が生きている限り木はまた伸びる。そのたびに今回のような支払い義務が生じるのか、考えると憂鬱を通り越して、腹立たしくなる。何に対して怒っているのか、もちろん金銭の予定外の支出に対してであるが、辿って行くともっと深いところに行きつく。
 今回木の伐採をすることになった山と母が売却する前の田んぼには、幼いころの思い出が詰まっている。冬には家族総出で山の木を伐り、伐った木を一年分の燃料にする。裸の山も春には芽吹き、山は新緑に覆われる。幼いながら、命が躍動するのを覚えた。田植えの季節、里山に木苺が熟れる。毛虫に刺されないように、黄色に熟した苺をもぎ取って食べた思い出が文字通り甘く蘇る。
 故郷を離れてからは一年に一度か二度帰省しても、こどものころに遊んだ田んぼや畑などに行くことはなかったし、高度経済成長期を迎えてからは、農村でも燃料はプロパンガスや石油、電気に代わってしまい、里山は手を加えられることもなくなり、自然が徐々に荒れて行く様を肌で感じるようになった。農地や山林が荒れる中で、道路だけは拡幅され、舗装され立派になっていった。思えば、東電の福島第一原発が建設され始めた時代と重なる。

 最近、「相続土地国庫帰属制度」という制度があることを知った。法務省の冊子によると、「相続した利用しない土地を手放す制度です」と但し書きがあった。親が亡くなった後、相続が義務づけられているので、相続はしたものの、実際は放置したままである。この制度を利用してもいいと思い、冊子をめくってみた。期待をもってページをめくったのだが、帰属できない土地、があるとも書かれていた。具体的には、国による整備(造林、間伐、保育)が必要な森林(山林)とあった。筆者が相続した土地がほとんど該当する。
 次なる方法は、と考えても法律について無知に近い筆者には思い浮かばない。このままにしておけば、またいつか、木が邪魔だから切るようにいわれ、そのときに業者に支払う能力がないからと放置しておけば訴えられて、逮捕されるのだろうか。前にも後にも進めない状態に置かれているのは筆者だけではないと思う。
 東日本大震災、東京電力福島第一原発事故から14年が過ぎた。その間も、記憶している範囲では熊本地震や岡山真備町の大水害、2024年の能登半島地震・津波、と大規模災害は追い打ちをかけるように起きている。こんなに災害の多い国にある原子力発電所、福島の事故後も六発電所十基が再稼働している。
 福島の問題に戻ると、14年を経ても、原発の廃炉作業に伴う汚染水は今も出続けている。溶け落ちた核燃料デブリの先行きは全く見通しがたっていない。取り出したデブリはわずか耳かき一杯。現場では毎日4000人の作業員が高線量の中で働いている。先日NHKの番組で報道していた。
 3.11が近づくとマスコミは、一斉に被災地の復興の様子を伝える。報道されるのは新しく建設された町役場、ショッピングセンター、などほんの一部だ。放置された農地や空き地をソーラーパネルが覆う。耕作を開始したわずかな田や畑の作物を野生動物が食い荒らす。人がいない町や村に立派な道路が通る。放射能や津波の被害が最も大きかった町は、跡形もなく壊され、久しぶりに故郷を訪れた元住民が、自分の生家さえわからなくなっている。
 復興とは元の姿に戻すこと、と多くの人々は思っていたのではないか。国の方針は、新しく造り変えること、だと以前知って驚いたことは記憶に新しい。国の復興予算で建設した建物など将来の維持管理のためには人口増が必要不可欠だ。人が増えることは喜ばしいことだが、福島をよく知らない人々が移住をして、定着していくのだろうか。
 筆者たちの上の世代が後世に残した負の遺産を筆者たち世代は疑いもせずに受け継いできた。世界最大規模の原子力発電所爆発事故を経験して、漸く目が覚めた、と思いきや、国内では原発再稼働や新設が始まり、ロシアの一方的な侵攻により始まったウクライナとロシアの戦争は、3年も続いている。チェルノブイリの経験は何も生かされていない。
 人間の愚かさを全知全能なる神はどのように見ておられるだろうか。ヴィクトール・E・フランクルの『夜と霧』の中の一文が忘れられない。
「人間とはなにかをつねに決定する存在だ。しかし同時に、ガス室に入っても、毅然として祈りの言葉を口にする存在でもあるのだ」
 核爆弾の投下や各発電所開発を決定する能力がなかったことを喜び、極限状態でも後者でありたいと願うばかりだ。

夏草の向こうに生家があった

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