原発災害移住者を忘れずに

 昨年は広島・長崎の被爆七十五年に新型コロナウイルス感染症が重なりましたが、今年はコロナ第三波とオリンピックにかこつけ、政府は、福島原発被災者の難問をすり替え不問に付そうとしているように思われます。
 原発温存のため、あえて付言すれば原爆製造に備えるべく、原発事故を忘れさせようとしているのでしょうか。確実な証拠が掴めないので、いまはまだ創作の範囲でしか展開できませんが、原発の新増設を取り下げたのは福島県内の二原発3基だけで、「安全神話」が復活・再来してきました。
 そうしたところへ朗報が一つ――核兵器禁止条約が一月二十二日、批准国それぞれの現地時間午前0時に発効したのです。
 この条約は、二〇一七年七月の国連において核兵器を持たない一二二の国・地域の賛成で採択され、昨年十月までに批准した五〇ヵ国・地域での発効が決まりました。
 要旨は核兵器に関するすべての活動を禁じ、使用や保有はもとより、「使用するぞ」と威嚇するのも禁止の対象になりますから、米国の核の傘・核抑止力に頼ることも、一種の威嚇に当るはずです。ともあれ「核兵器は違法だ」という認識は広がっていくでしょう。
 前文で「ヒバクシャの受け入れ難い苦しみに留意する」と明記している点には配慮が感じられますが、批准していない国に効力が及ばないという弱点もあります。核保有国が条約に反対し、被爆国である日本が態度を保留していることは、残念でなりません。
 新聞などマスコミはしばしば「核禁止条約」という言葉を使いますが、今回発効したのはあくまでも核兵器禁止条約であり、「核兵器やその他の核爆発装置」という表現はあるものの、原子力発電や原子力発電所(以下、原発と略す)への言及はありません。東電福島第一原発事故直後から十年間、経過を追ってきた私としては、いささか不十分との感じが残るわけです。
 ましてや福島の原発事故で避難を余儀なくされた人たちの中には、原発禁止条約を願う方もおられるのではないでしょうか。
 山口県避難移住者の会の代表は、同種の想いをお持ちのようであり、反原発運動の実践とともに立派な論考も書いておられます。他日、「脱原発社会をめざす文学者の会」の会報で報告させて頂きたいと思っていますので、今回は割愛して先へ急がせて下さい。
 顧みれば終戦翌年の一月、最初の国連総会がロンドンで開かれた際、「原子力エネルギーの発見が引き起こした諸問題を扱う委員会の設置」が採択されました。
 ここで原爆・原発すべて含めた「核禁止条約」が切望されるのですが、現実は東西冷戦の時代へ突入して核軍拡競争が続き、他方では核の平和的利用と称して原発推進が起こったのです。あれから七十五年、今回の核兵器禁止条約を批准せず、不参加を決め込む日本政府に対しては憤りを覚えます。
 さりとて歩行困難な私には、プラカードを持ってデモ行進をすることは出来ませんし、それは私たちの本領でもありません。私たちは物書きです。書くことにより核の無い世界を築こうとしているのではないでしょうか。
 私自身、反原爆については本名の渡辺晋名義で、邦文や英文で体験的な論考を、筆名の天瀬裕康では小説も出版しました。原発小説も筆名で、童話も含め数編書きましたし、広島市内二つの文学グループの協力を得て、ヴェルヌ以来の原発文学目録を作成中で、かなり進みましたが果ては見えません。
 しかし旧制中学二年の時、呉市の空襲により家を焼かれ、親戚を転々として広島市郊外で被爆した自分と、原発災害移住者の姿を重ね合わせて文学的作業を急いでいます。
 多くの諸賢のご指導とご鞭撻のほど、お願いする次第でございます。

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