談話 民衆の敵 脱原発文学者の会幹事会

 ヘンリック・イプセンの戯曲に『民衆の敵』がある。温治場として潤っていた村の医師トマスは、温泉が毒物で汚染されていると気づいて公表しようとするものの、「村の利益」のためと、兄の村長に阻まれる。トマスは新聞に論文を発表する手筈を整え、反撃に出ようとするが、温治場の関係者は、村長から、温泉の改良に大金がかかり、工事のあいだは温治場を閉鎖することになると聞かされて及び腰に。そして、新聞も村民の不興を買うことを恐れ、トマスの論文ではなく、村長の論文を掲載した。トマスは村長を糾弾する集会を呼びかけ、真実を伝える。しかし村長の言い分と新聞を信じた人々は、村の生活を脅かす温治場の改良を訴える彼に「民衆の敵」と石つぶてを投げた――
 日本の政府は、ロシア・ウクライナ戦争、北朝鮮による連続のミサイル発射、台湾有事を背景に、国民を守るためと称して、防衛費の増額をおこなおうとしている。また、敵地攻撃能力の保有にも踏み切るつもりだ。
 同時に進行しつつあるのが、原発政策の転換である。原発のリプレース、運転期間の延長など、これまでの方針を大きく変えようとしている。これもロシア・ウクライナ戦争による国際情勢の変化への対応で、安定的な電力の供給と、電気料金の値上げから国民を守るためと称している。
 新聞、テレビをはじめとするマス・メディアは、ほとんど異論を唱えない。私たちは、正義派を気取るつもりはない。しかし、防衛力の強化も、原発の政策転換も、国民の声を聴くことなく、閣議決定で進める態度は許せない。それを進めている勢力の真意は、着々と日本を戦争のできる国に作り替え、人命よりも経済的な利益を優先して、原発マネーで儲けることだ。いくら防衛力を強化しても、原発を増やしては無意味である。ロシア・ウクライナ戦争で明らかになったのは、有事のとき、原発が核兵器になることだ。、日本の国土に五十四基もある原発の、一基にでもミサイルを撃ちこまれたら、この国は終わる。一億二千万の国民は、住む国土を奪われるのだ。それは福島の原発事故で身に染みているはずではないのか。
 ほんとうの民衆の敵は誰か? それは、この国の権力を握っている者たちの狡知と、それを分かりながら沈黙している者たちだ。
 私たちは、沈黙しない。いまこそ、声をあげる。それが文学者の矜持である。
 イプセンの『民衆の敵』は、「この世でいちばん強い人間は、たった独りで立っている人間だ」と締められる。私たちは、その独りでありたい。(文責 村上政彦)

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