連載 故郷福島の復興に想う第7回 故郷福島の復興に想う――汚染水? 処理水? 谷本 多美子(アイキャッチ画像 請戸漁港の大漁船 2023年5月4日)

 東京の桜が見頃になった3月のある日、都内の某ホテルで「福島原発における廃炉・汚染水・処理水の問題について」、経済産業省大臣官房福島復興推進グループ 参事官 宮下正巳氏の話があるというので聞きに行った。専門的なことはわからないが、レジュメを見ながら説明を受けて、正直不安は残った。
 汚染水の前に、福島第一原子力発電所の爆発事故はもう終わったと思っている人々もいるのではないか、と気になるところだ。

東京電力福島第一原子力発電所の事故について

東京電力福島第一原子力発電所は、地震発生から約50分後に津波の直撃を受けた。

●海側に設置された原子炉の熱を海に逃がすためのポンプなどの屋外設備が破損するとともに、原子炉が設置されている敷地のほぼ全域が津波によって浸水

タービン建屋などの内部に浸水し、電源設備などが使えなくなったため、原子炉への注水や状態監視などの安全上重要な機能が喪失した。
                              (経済産業省レジュメより)

 福島第一核発電所の事故をひとことで表現するとこういうことなのだろうが、この事故のために、大熊町、双葉町をはじめとして、浜通り一帯の人々が受けた苦しみは計り知れない。農夫たちが塗炭の苦しみを味わいながら、樹木の生い茂る山を開墾し、生きる糧を収穫できるようになった農地に、核発電所は作られたのだ。クリーンなエネルギー、と誰かが唱えた虚言を信じた人々は、いっとき豊かになって、その豊かさを享受し、今の生活は未来永劫続くと信じて疑わなかったことだろう。だが砂上の楼閣は一瞬にして崩れた。この期に及んで岸田政権が、原発新規建設、原発運転年数を60年に延長、を閣議決定した以上、次なる、砂上の楼閣、はいつ起こっても不思議ではない。

福島第一原発の廃炉について

燃料デブリや使用済み燃料プールからの取り出し、汚染水対策やALPS処理水の処分、廃棄物の処理・処分などの作業を行うことにより、発電所全体のリスクを低減させる。

こうした福島第一原発の廃炉は、事故からの回復であり、また、地域住民の安全・安心につながることから、福島復興には不可欠
                                  (同レジュメより)

 望むところなのだが、遅々として進んでいないことは周知のとおりだ。廃炉にするまでにはまだかなりの行程があり、時間もかかる。宮下氏は「溶け落ちた燃料はまだ熱をもっている。使用済み核燃料は瓦礫になっていて、触れると崩れる恐れがある」と説明を加えた。恐ろしい話しだが、話を聞くだけで、なすすべもないが、生きているうちには見られない廃炉を、それでも必ず、と望みだけは繋いで行きたいのだが、レジュメの中長期ロードマップを見ると、気持が萎えてしまいそうだ。

中長期ロードマップ

国が中長期ロードマップを策定し、工程管理を実施。
●中長期ロードマップでは、廃止措置に係る基本原則や中長期の工程・対策を記載
 (20112月年2月月改訂※)
  ※初版は2011年12月に策定。廃炉・汚染水対策の進捗や地域からの声を踏まえ、累次改訂を実施。現在、第六版
30~40年後の廃止措置完了を目標
「復興と廃炉の両立」を大前提とし、リスクの早期低減、安全確保を最優先に取り組む。
                                  (同レジュメより)

 2011年11月より現在までは第2期になる。燃料デブリ取り出し開始までの期間は10年似内であり、廃止措置終了までの期間は30~40年後になるようだ。はたして30~40年後に冷温停止できるのだろうか。
 その前に、今、深刻な問題がある。事故で発生した放射性物質を含む汚染水だ。この汚染水を浄化して、トリチウム以外の放射性物質を規制基準まで浄化処理した水をALPSと呼ぶそうだALPSの貯蔵タンクは1000基を超え、宅地だったところはほぼ満タンで、もう海に流すしかなくなっている。
 流すにあたり、完全に濾過してからにして欲しいとの出席者からの要望、懇願に近かったが、に対し、宮下氏は、「もちろん,何重にも濾過をします。ただ、どうしてもトリチウムだけは除去できないのです」と返答していた。
 この返答に対し、『神奈川の避難者を支える会』元代表鈴木實氏は、「それならば処理水を海に流すときには、必ず地元のメンバーの監視のもとに行ってほしい、最初に賠償金ありきではなく、公正にお願いしたい」と強い口調で発言しておられた。宮下氏は「もちろんそのように致します。もし、すこしでも捕獲した魚介類から放射能が検出された場合は、ただちに停止いたします」と答えていた。このただちに停止を筆者は漁業の停止だと理解した。同時に、もしも○○という場合は、放射能の危険性は十分あるのではないかとも思った。
 宮下氏は外国の例も挙げていた。詳しい排出量は省くが、表によると、中国(紅沿河、秦山第3、寧徳、陽江)、韓国(月城、古里)、台湾(馬鞍山)の原発からも日本を上回る液体廃棄物が排出されている。日本は事故を起した原発であることから問題になっているのだという。事故を起しても起さなくても、駄目なものは駄目だと思うのだが。外国がしているから自国も、という発想も腑に落ちない。
 レジュメには、経済産業省の担当部局によるALPS処理水の処分に係る風評対策・流通対策連絡会を設置し、連絡会の下には、実務レベルでの議論の場として、ワーキンググループも設置すると記されている。こうした結果、スーパー等での福島県産農林水産品の展開も活発化し、「出荷される福島県産品は安全」という認識が、消費者にも広がりつつあるとのことだ。しかし、一部、ということばを付け加えるべきだと思う。場所によっては未だに厳しい現実に晒されている人々もいる。

 ゴールデンウイークに故郷に帰った。帰る家はなくても帰ると言いたい。毎年のように実行しているのは、数少ない親戚や知人宅を訪問することだ。同じ集落からキロ離れた小高町災害復興住宅に移り住んでいた親戚の一人の高齢女性は、ベッドの生活になり、訪問看護を受けていた。働き者で、寸暇を惜しんで働いていた人だった。去年まではラジオ体操もしていたほど元気だったのに、1年の間の大きな変化に心が痛んだ。短い時間の訪問しかできないことも辛かった。お盆にまた来ますね、と約束はしたものの、来年という時間に確信がもてなかった。
 1年経つと、会う人ごとにお互い年齢が加わっていることを感じる。来年という時間があるのかないのか知るよしもないが、だからこそこのときとばかりに暖かなもてなしを甘んじて受け、思い出話しに熱中した。
 帰りは原町からいわきまで海岸線を車で走った。生家から2㎞の浦尻近くの海岸で車を止め、高い防潮壁の階段をよじ上ると、眼下にテトラポットが無造作に撒かれ、その向こうに青い海原が広がっていた。視界の中に一艘の船が入ってきた。遠くだが、大漁旗のようなものを掲げて、南へ向けて進んで行く。かなりのスピードだった。方角からして請戸漁港に向かっているらしかった。確かめるべく請戸漁港に向かった。
 震災後、請戸漁港は初めてだった。人影もまばらで、停泊している大漁船はすぐに目に入った。近づいて見ると8本の旗に請戸漁港の船の名前が染め抜いてあった。カラフルな旗が風にはためく様は圧巻だった。この旗が来年もはためいているだろうかと、青空と対照的に心が翳った。隣の双葉の海に汚染水を処理して流す時は刻々と近づいているのだ。
 トリチウムは皮膚を通過しないし、体内に蓄積するものいではない、と宮下氏は言った。ほんとうにそうなのかどうか、正確に分る人はいるのだろうか。話し終えて深々と頭を下げる宮下氏の姿を見て思った。

故郷下浦の玉葱畑 2023年5月4日

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