連載 文士刮目 第25回 夜明けの時代に問われる【なぜ】 AI超す<人間力>で 伊神 権太=写真は5月17日付中日新聞夕刊<特報>【生成AIが仕事奪う?】から)

 東京・銀座の高級腕時計ロレックス専門店での白い仮面をつけた少年4人組による腕時計強奪に始まり、区立中学教諭による自ら多額に及んだとみられる借金の返済を目的とした金品窃取殺人、さらには秋田市の雑木林での女性の死体遺棄、ほかにも日常茶飯事といっていい通りすがりの刃物沙汰……と、このところ凶悪事件が頻発しています。コロナ禍以降の社会で人間の心そのものがほころび壊れ、すさみ、狂暴化。このごろ凶悪事件が特に目立つ気がしてなりません。なぜだろう。なぜなのでしょう。人間社会を苦しめに苦しめ続けた、あのコロナ禍がやっとおさまりにかかった今。世の中はあらゆる面で様変わりしてしまいそうな、そんな気がしてなりません。

 さて。こうした険悪化の一途をたどる狂暴極まる血なまぐさい事件が多発する世の中にあって、これまで私たち人間社会を振り回し続けてきた新型コロナウイルスの感染法上の位置付けが5月8日に季節性インフルエンザと同じ【5類】に移行、これまで政府が求めてきた待機要請などの感染対策は、個人や企業の自主判断に任せられ、社会そのものがコロナ前、すなわち以前の日常に戻りつつあります。とは言っても、どこかに一抹の不安を感じるのは、誰とて同じでしょう。
 では、どうしたら良いのか。これからは、そのことが一人ひとりに問われる、すなわち個人の判断に委ねられることになるといっても過言ではありません。これも最近よくいわれる持続可能な社会、すなわちSDGsへの道のひとつなのでしょうか。これまでも再三、ふれてはきましたが。持続可能な社会とは、現代世代の要求を満たしながら、将来必要とする地球環境や自然を損なわない社会のことをさします。では、私たち人間は、この先の道をどうして生きていったらよいのか。そこには、常日ごろからの【なぜ。なぜなのか】を問う力が求められます。

 「なぜ」といえば、最近気になるものがあります。それは生成AI(人工知能)の爆発的な進化です。このままだと単純作業にとどまらず、芸術分野や高収入の仕事に及びかねない、というのです。AIそのものには人口減少を補う労働力として、いや知能そのものだとして政財界は推進に前のめりだとは聞きますが。それでは、働き手そのものの未来はどうなってしまうのでしょう。人間社会に立ちふさがる大きな知能の山を取り除くためにも、ここは人間本来の人間力の大切さがためされる時です。
 俳句や短歌、小説、詩、果ては音楽や美術、舞踊の世界にまでAIが入り込む世界。想像しただけでも容認となると首をかしげざるをえません。それこそ、人間の尊厳そのものの真の価値が死滅する時ではないでしょうか。世界の平和を願って出された広島サミットの首脳宣言までが、もしもAIで作成されたとしたならば。想像するだけでも空恐ろしいことではないでしょうか。そんなことは人間の叡智としても避けるべきです。

 何はともあれ、私たち人間に求められるものは「なぜ」「なぜ」「なぜなのか」の追究にあり、そこにこそ発展と前進があります。昔、中日春秋の筆者で私自身尊敬していたかつての上司、小柳津健さん(故人)のあの言葉が眼前に迫ってきました。それは「なぜ」への問いかけ。いかなる時にもこの気持ちを大切にすることです。氷が融けると水になる。確かにそうではあるのですが。氷が融ければ「春」になるのです。AIにはない、感性と情感あふれる人間力からくる知能との違いではないでしょうか。持続可能な平和で明るく、幸せな社会にするためにも今こそ、真の人間力を忘れてはなりません。(2023/6/2)

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