報告「書く現場を語る」~上山明博文芸サロン「『牧野富太郎』を語る」 森川雅美

 来年のことをいうと鬼が笑うというが、昨年のことはどうなのだろう。
 半年以上前、昨年の9月4日(月)18時から、第11回〝文学サロン〟「『牧野富太郎』を語る」が、当会会員のサイエンスノンフィクション作家上山明博さんを講師に開催された。上山さんは、同年3月に『牧野富太郎: 花と恋して九〇年』を青土社から刊行していて、その書籍に沿った内容の講演だった。現在は連続テレビ小説「ブギウギ」が最終回に向かい盛り上がっているが、その頃は、前作の牧野富太郎を主人公にした「らんまん」が最終回に向かい盛り上がっていたので、タイムリーでもあった。


 書籍に関しては村上政彦さんの詳細な書評があるので詳しくは書かないが、ドラマでは語られない負の部分や、科学的なそれ以前の歴史やより深い詳細まで踏み込んだ、サイエンスノンフィクション作家ならではの内容だ。まずは読んでいただきたい。

 講演は書籍の内容に沿いながら、それだけでは単なる解説になってしまうので、書籍では語られなかった、取材や資料を調べた時に出会ったいくつかのエピソードを中心に行われた。
 その一つは、「鬼平犯科帳」などで知られる時代小説の大御所池波正太郎とのエピソードだ。池波は牧野を題材にした芝居の演出をしており、現在新潮文庫の短編集『武士の紋章』に収められた、短編小説「牧野富太郎」がある。その小説から牧野の魅力を語った。
 まず作家ならではの牧野の肖像ポートレートを端的に語った部分を説明した後、以下を引用する。「(写真集におさめられた)何よりも私の心を引きつかんで離さなかったのは、その博士のであった」 さらに、「白い眉毛まゆげの下に、ややくぼんで、小さな、澄みきった眼がある……」と、やはり端的な描写と牧野の略歴が続き、「はからずも博士の「美しい眼」と現実にめぐり合うことが出来た。」と。さすが池波さん見事に伝わる印象であり、それを取り上げる上山さんもすごい。そして、池波の「神田、今川小路いまがわこうじの小さな菓子屋の娘、小沢寿衛子おざわすえこ(原資料にはルビなし)と結婚し」という部分を引用。また、講談社学術文庫『牧野富太郎自叙伝』にも、同様の記述があることを紹介する。ここまではドラマと同じである。
 しかし、上山は、池波は牧野の自伝を聞いてそこから書いたのではと結論付け、牧野が生きた同時代に書かれた、いわゆる一級史料の綿密な調査からそこに疑問を持つ。19歳になった富太郎は許嫁のなおと結婚したというのだ。しかも、猶は従妹(実母の妹の娘)であり、自叙伝では許嫁とされておらず、ドラマでもそのように描かれた。

 このように講演は書籍を書く現場の様子も、書くまでに至る道筋もリアルに語られ興味深かった。それに続く、祖母の浪子なみこの墓を訪ねたエピソードも実感があり面白い。浪子の墓はいかにも浪子らしく、猶の墓はなかなか見つからなかった、という。牧野は猶を犠牲にし、湯水のごとく放蕩し実家の岸屋きしやを破綻させ、植物学の研究を続けた。そして資料から浮かんだ事実に即し以下のように語る。
 牧野富太郎の自叙伝には、多くの隠された部分があります。人生には、光と同じくらい影の部分があり、光と影を描くことによって、人生の本当の姿。奥深い人間性が浮き彫りになるのだろうと思います。
 まさに上山のノンフィクション作家の視点が冴えるところだ。また、資料からは確定できず、書籍では控えめに書かれていた部分でもある。
 
 さらに森鴎外との『ファウスト』翻訳の際のエピソードも。ちくま文庫『ファウスト 森鷗外全集』の「訳本ファウストについて」から引用される。「第一部でグレエトヘンが恋の成否を占う花はステルンブルウメと原本にある。それを江南紫と書いたが、私自身に不安心なので、牧野富太郎さんに問い合わせた」 そのことは牧野自身も書いているとも。そして、書籍でも記された南方熊楠との往復書簡なども含め、多彩な牧野の交流関係が語られる。
 博物館によって史料貸し出しも違うという、少し笑える話も。
 最後はなぜ書いたかというエピソード。小学館の雑誌『小学四年生』が偉人伝の漫画を連載し、その原作を担当したこと。評判がよく牧野の回の時には予算が下り、小学館の担当編集者と一緒に高知の牧野植物園に取材行く。そこで出会った、牧野自筆の植物画を間近に見て、神々しいまでの植物の姿に圧倒され感動した。いつか書きたいと思い18年後に実現したということだった。
 書籍の内容を追いながら、創作の現場のリアルも分かる楽しい講演でした。

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