連載文士刮目 第35回 17年ぶりの利上げ社会下に見る世相とは 伊神 権太(写真 3月20日付の各紙は、17年ぶりの利上げでマイナス金利解除へ、と書き立てた。)

 ことしは元日に発生した能登半島地震に始まり、3月11日には東日本大震災と福島第一原発事故から13年が経過。続いて19日には日銀の金融政策決定会合で大規模な金融緩和策の柱でもあるマイナス金利政策解除に伴う2007年以来17年ぶりの利上げ決定、その後はこれまで思いもしなかった、あの米大リーグ、ドジャースの大谷選手の通訳水原一平氏の違法賭博の疑いによる解雇劇など。月日は人々の平凡な日々などとは関係なく、かつ容赦なく流れていきます。こうした思いがけない人生は多少の差こそあれ、誰にだってあるに違いありません。

 そこで。私は今つくづく思うのです。わが妻の晩年に彼女がやっとの思いで引っ張る自転車に寄り添って日々、彼女が営むリサイクルショップに続く道を共に歩いた当時のことを。私は、よろけつつ一歩また一歩と足を進める彼女に向かって何度も話しかけたことを思い出します。それは次のような言葉でした。
「俺たちは、こうして日々を互いに励ましあいながら生きてきた。でも、この人生、いつどこで何が発生するか知れたものでない。そんな中で、どんなに愛し信じあったところで、いつかは<それぞれの存在>そのものがこの地上から消えてなくなってしまう。だから、この世の存在全てが究極は【無】。【無】なのだよナ」と。これは私たちふたりの人生に対する正直な感想、いや全ての人に共通するものだともいえるのです。
 そして。私は続けました。「だから。俺たちは、互いに名もなく貧しくとも。生きている間だけでも、せめて日常を大切に<清く正しく、美しく。生きていこうよ、ナ>と。彼女がそのつど、頷きながら目を見開いて自宅近くの道路を一歩一歩、お店に向かって進んだあの日々のことは今も忘れられないのです。なぜ、こんなことを書くのか。それはどんなに汚れた人間社会であろうと、私は人間一人ひとりの命の尊厳を大切にしたい。だから、なのです。
 ところで、この世の中。前述したとおり、平和で静かな日常生活からは、とても信じられない自然災害や事件、事故がある日突然、私たちを襲ってきます。東日本大震災と福島第一原発事故しかり、ことし元日早々に起きた能登半島地震、相も変わらぬ底の見えない政界の不正…しかりです。もう随分前の話ですが。能登半島に志賀原発が出来たころ。私は新聞社の七尾支局長として現地を見学。試験操業のボタンを地元記者代表として押す体験までしましたが、あの当時は本社からの手配もあって放射能漏れなど有事にそなえ、放射性被爆の防護に効果があるとされる安定ヨウ素剤を各地から集め、能登全域の記者に送るのに振り回されました。今にして思えば、原発事故が起きた有事に備えての対応でしたが、無駄な抵抗に翻弄されていた気がしてなりません。
 ほかに振り回されたことといえば、1963年に叔父と日本海に出漁、行方不明となっていた寺越武さんが2002年に39年の時を経て北朝鮮から一時帰国したあの寺越さんフィーバーのことです。これより前、【生きていた寺越武志さん】のニュースを能登同人一丸となってスッパ抜き連日、日本中のマスコミが大騒ぎとなったことを覚えています。その武志さんの母親友枝さんがことし2月25日に呼吸不全のため92歳で死去。私は思いがけないニュースが報じられた紙面を前に感慨に胸を打たれもしたのです。

 というわけで、人間たちは時に平穏なる〝日常〟を奪われ、そのつど、うろたえ途方に暮れるのが常です。そういえば、今回、能登半島地震の被害を受けた被災地、能登の各地には七尾在任中、全能登駅伝や和倉温泉中日花火など取材や事業でよく駆け回りました。それだけに、今どうなっているかが大変、気になります。天下の三尺玉花火で知られた和倉の花火だけではなく、七尾の日本一大きいデカ山、さらには宇出津のあばれ祭りや石崎の奉灯に代表される各地のキリコ祭りなどは、この先どうなるのか。
 珠洲、輪島をはじめ能登、志賀、七尾など各地の惨状を目の当たりにするにつけ、能登の人たちはこの先どうして生きていったらよいのか。そのことばかりが頭から離れないきょうこのごろです。最後に私は能登半島の能登町宇出津港の裏通りにかかる一本の橋、さよなら橋のことが思い出されてなりません。その昔、妓楼・棚木遊郭へ足を運ぶには、一本のちいさな橋を渡らなければならず、地元の人たちはこの橋のことを【さよなら橋(別名:未練橋)】と呼んでいました。あの宇出津にあったさよなら橋は、今はどうなっているのか。(2024/4/5)

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