連載 原発の蔭と影第13回 九州電力と川内原発 天瀬 裕康

 前回は玄海原発を主体のお話でしたが、長さの関系で電力の鬼・松永安左エ門やすざえもん(正式には安左衛門)のことは割愛しました。そこで今回は電力事業の発展と彼のことから始め、川内せんだい原発関連事項へと話を進めてまいりましょう。

 松永安左エ門(1875~1971)は長崎県壱岐の裕福な商家の生まれ、15歳で慶應義塾に進学し福沢諭吉に師事しますが、父の死により中退。家業を継ぎますが3年で廃業し、銀行マン・株屋などをしたものの33歳の時、株価が暴落して破産。石炭商で収益を上げ、電力事業に従事するようになり、1909(明治42)年には福博電気の設立に参加しました。
 その後いくつかの電力会社を合併し、1922(大正11)年には関西電気と合併して東邦電力を設立し副社長になります。23年の関東大震災で被害を受けた東京・横浜の電力会社は、安左エ門に助けを求めました。こうして彼は東邦電力(九州電力の前身)を中心として、東北電気、東京電力など約100社を支配下に置くまでになりました。28(昭和3)年には社長に就任。九州・関西・東海の1府10県に配電範囲を広げます。
 太平洋戦争中は一時実業界から退きましたが、戦後の占領下で電気事業再編成審議会会長として再起します。彼は9電力体制への再編を推進し1951(昭和26)年5月1日、九つの電力会社(北海道・東北・東京・中部・北陸・関西・中国・四国・九州)が発足します。
対日講和条約が調印された年のことで、沖縄はまだ日本に復帰していません。
 彼は東邦電力の後進としての九州電力だけでなく、全日本の将来を考えて9分割案を作りました。1955年、彼が80歳の頃、電力の燃料は石炭から石油へ移りました。この時安左エ門は原子力は20年先だと予想しています。前回述べたように、九電の玄海原発1号機が営業運転を始めたのは1975年10月ですから、まさに20年後だったわけです。     
 それでは今回は、もう一つの原発、川内原発を眺めさせて下さい。

 鹿児島県の薩摩川内市は、九州第二の河川である川内川が東シナ海に繫がるあたりの川内平野の中心にあり、西には上・中・の三島からなる観光用のこしき島が浮かんでいます。そうした川内市久見崎町字片平山の海岸沿い、埋め立て地を含めて約145万平方メートルの用地内に、川内原発 Sendai Nuclear Power Station の1号機と2号機が並んでいます。
 営業運転が始まったのは1号機が1984年7月、2号機は翌1985年の11月でした。1号機の電気出力は89万キロワット、原子炉は軽水減速・軽水冷却加圧水型(PWR)、燃料の種類は低濃縮(約4~5%)二酸化ウラン、装荷量(原子炉に入れた燃料の量)は約74トン
で、2号機も各項目につき同じです。1・2号機とも東電福島第一原発の事故のあと停止しましたが、2015年に1、2号機が再稼働されました。
 放射線トラブル等は玄海原発の蔭に隠れてか、あまり報道されていないようですが、会社側の記録では小さいものながら、1号機では1986年以来14回、2号機では1989年以来5回、主として定期検査中に見付かっています。

 九電は2020年3月16日、川内原発1号機の運転を停止し、2号機も5月20日に停止すると発表しました。テロ対策施設「特定重大事故等対処施設」の建設が遅れ、完成が期限に間に合わないためで、特重施設の完成が遅れるための原発稼働停止は、全国で初めてで、5月停止の2号機は2例目になります。
 原子力規制委員会は19年6月12日に、特重施設が期限日の約1週間前までに完成していない原発については、電力会社に運転停止命令を出す方針です。となると関電、四国電力、日本原子力発電など、いろいろな所で停止が起こるかもしれません。
 それはともかく川内原発1号機は運転を回復し、2号機も2023年7月に原子炉を起動して、8月には営業運転に復帰します。これで玄海原発の3、4号機、川内原発1号機と合わせて全4基の原発が稼働することになります。
 しかし運転開始から40年が近づく川内原発については「川内原発20年延長を問う県民投票の会」が、運転延長の賛否異を問う住民投票条例制定を県に求め、その署名が必要数の二倍近く集まりました。そこでこの市民団体は8月7日、鹿児島市など県内28市町村の選挙管理委員会へ提出しました。こうした市民条例制定を求める動きは、全国で最初との由で、これを受けて鹿児島県議会の常任委員会は審議を始めたが10月25日、住民投票条例案を賛成少数で否決しました。
 他方、川内原発の作業員を送迎しているバス会社・川内観光交通が2020年、居眠り運転で物損事故をおこしたにも拘らず警察に届けていないことが、23年9月18日に分かりました。川内原発の責任というわけではありませんが、不祥事には違いありません。
 しかし原子力規制委員会は結局、九電川内原発1・2号機の運転期間を20年延長し、60年の運転を認可しました。関西電力高浜の1・2号機、美浜の3号機(いずれも福井県)及び、日本原子力発電東海第二(茨城県)に続き、5・6基目となったのです。
 20年延長となると、何処にどんな危険が潜んでいるか分かりませんが、この傾向はまだ続くでしょう。困った時代に入ったようです。

電力の鬼や松永安左エ門 世論に抗し大幅値上げ
川内のウナギ屋久島の養殖が発端と聞く原発の街
2号機の二十年延長を問う県民の投票の会が署名を集む

(2023.11.6)

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