第10回 雪割草と淡墨桜 夢をあきらめない

 弥生三月、春到来です。この冬は日本列島の至る所、風の強い寒い日が続き、爆弾低気圧とやらに伴う積雪4㍍超えなど、雪も例年になく多かったことが報じられました。肌を刺すほど寒く、風もとても強い。加えてことしの日本列島は西高東低どころか南岸低気圧の影響もあって日本海側だけでなく、太平洋側での積雪も例年に増して多く足の妨げにもなりました。ましてや、コロナ禍による日本での感染者が496万人を超え、死者も2万3千人を突破するという現実にあって第五波、第六波と続く感染拡大が人びとを不安に陥れてきたことも事実です。そこへ、ここに来てロシア軍のウクライナ侵攻とチェルノブイリ原発制圧と不幸な事態が進行中です。そんな冬だっただけに、立春とこれに続く春一番の到来、そして「春分」の響きには、なぜか暗く遠いトンネルの向こうで開花する数々の花々に心を癒される。そんな気持ちにさせられたことも事実です。

 その花々ですが。私が住む尾張名古屋のあるミニコミ誌には【ネコヤナギ咲き始める】の話題が2月中旬に掲載され「猫のしっぽのような銀白色の花穂をつけることからその名がつくネコヤナギが一足早く花を咲かせ、春の訪れを告げています」とありました。私は、この小さな記事に、かつて新聞記者として歩いた任地の先々で見た、あの厳しい冬を抜け出るころに咲く、けなげでちいさな花々の姿を忘れるわけにはいきません。雪割草に福寿草、フキノトウ、菜の花、♪梅は咲いたか桜はまだかいな、の梅の花は当然です。そんなわけで、私はあの日々のひとコマひとコマを思い出してみました。

 どの花にも心をときめかすような新たなる勇気、希望を感じたのも事実です。なかでも春先に全身にかぶさった雪を割るようにして、顔を出したあの雪割草を能登半島は門前の鳴き砂の浜で亡き妻と観察した時の興奮と衝撃は忘れられません。ほかに故田口利八さんの創業で知られる西濃運輸(本社・岐阜県大垣市)の社訓としても知られる「踏まれても 踏まれても 強く野に咲く」福寿草精神も思い出されます。

 時あたかも冬季北京五輪が終わりました。スピードスケート女子1000㍍で1分13秒19のオリンピック新記録で金メダルに輝いた高木美帆さん(日体大職)らの活躍を見るにつけ、わが心にさざ波がたったのは夢と希望を感じたからでしょう。

 氷が融けたら水になる。ではなくて。「春」がくるのです。かつて作家宇野千代さんらが枯死寸前の老樹を命をかけ再生させた、あの樹齢千五百年の岐阜県本巣市根尾の淡墨桜(国の天然記念物)も、やがて見事な花を咲かせるに違いありません。再生に命をかけた千代さんはかつて私にこう言いました。「あのねえ、伊神さん。人はね。老いれば老いるほど美しくなるものですよ。あなたもその齢になれば分かるわよ」と。その春が目の前。厳しい時代ではあります。でも希望を胸に前に進みましょう。(2022/3/1)

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