文学大賞受賞作品 読後感

〈フィクション〉
 文学大賞に大きな反響と多くの称賛がありましたこと、大慶至極に存じます。私も蔭ながら拝読しましたので、受賞されたフィクション三篇を初版の新しい方から順に並べて、若干の感想を述べさせて頂きましょう。
 谷賢一の戯曲『福島三部作』は、2019年11月、(有)而立書房から出版されました。
 第一部「夜に昇る太陽」の舞台は1961年の福島県双葉町、町議会が原発誘致を決定する頃のこと。穂積家当主の一(はじめ)は出稼ぎに出て嫁の豊(とよ、40歳)が家を守り、百姓で原発反対の祖父・正(ただし、65歳)は一の長男孝(たかし、22歳)が東大大学院で核物理を専攻するので衝突します。孝には美弥(19歳)という恋人がいますが、孝は双葉には帰らぬつもり。第二部「メビウスの輪」は1986年の双葉町の家と役場が舞台で、次男忠(ただし)は美弥と結婚しています。忠は反原発を訴えて町会議員に立っては落選を繰り返すので、美弥も息子の久(ひさし、高校2年生)も、忠の政治活動を嫌っていますが、原発の危険性を告げ、東電から引き続き金を出させるため忠が町長に担ぎだされ当選します。第三部「語られたがる言葉たち」は原発事故の起こった2011年12月頃の福島市が主な舞台。53歳になった三男真(まこと)が、いまはテレビユー福島(地域情報番組)報道局長です。ナンバー2の塩崎や個性的な小田真理たち。3・11における双葉町、富岡町、浪江町、飯館村出身の被災者・避難者の分裂と対立。テレビ会社の幹部が悲劇を強調し視聴率を上げようとするのに対し、真は真実のみを報道しようとします。
 作者の母は福島の生まれで、父は原発の技術者という背景のあるこの作品は、第一部・第二部の助走によって、原発事故のイメージが鮮明になっていると思いました。
 古川日出夫の『あるいは修羅の十億年』は、2016年3月、集英社から出版されました。著者は福島県郡山市の生れで、2011年以降は福島に関わる活動を続けているとの由。
 物語の粗筋は、30数編の話をまとめた長篇ということでしょうか。表紙の鯨が目立ちますが、鯨の話でもありますし、熊谷亜沙見のレポートでもあるのです。谷崎宇卵、ウランちゃんは人工心臓を植え込んでいます。左の胸に小型の原子炉を入れ、人間からロボットに成長した、と言うのですが、これはむしろサイボーグでしょう。ウランちゃんといえば十万馬力の鉄腕アトムの妹に、同じ名の女の子がいましたよね。本筋は東京の湾岸地域か鷺ノ宮か、大震災による原発事故の起こった<島>と呼ばれる地域を舞台にして、鯨や馬や茸が存在感を示します。<島>は<森>でもあります。ヤソウ君は森の出身です。原子力発電所は二ヵ所で爆発しました。汚染地区として隔離された島で、除染能力を持つ茸が細菌兵器となり、1億年前の津波で打ち上げられた鯨の記憶など、独特の世界が綴られます。
 広島ミステリクラブの代表は、「これSFよね」と言いました。多分、そうでしょう。この作者の『アラビアの夜の種族』は、日本推理作家協会賞と日本SF大賞を受賞しています。
 多和田葉子著『献灯使』が講談社から刊行されたのは2014年10月ですが、私が読んだのは、2020年4月第8刷の講談社文庫でした。これには表題作の他、原発小説「不死の島」及び「彼岸」並びに一般小説の「韋駄天どこまでも」及び「動物たちのバベル」が収録されていましたが、ここでは「献灯使」だけを取り上げさせて下さい。
 この作品については、会報第20号に載った「誰がために灯す」(桐生典子)が大要を伝えていますし、広島での評判も高く、村上春樹よりもノーベル文学賞に近い、というような噂も耳に入りました。私は最初、「献灯使」が原発小説という名に相応しいかという点に戸惑いましたが、この考え方自体に問題があったようです。
 ご存知のようにこの小説は、災害後の東京西域の仮設住宅に住む100歳を超える義郎老人と、体の不自由な無名という名の曽孫の献灯使として出発してゆく生活を描いたものですが、原発事故に類する言葉は出てきません。作中に出てくる突然変異タンポポや汚染度の高い鮎などは放射線の影響を感じさせますが、これは化学物質による汚染やポストコロナのようなディストピアでも生じうるように思えたのです。これはネットで著者からのメッセージやロバート・キャンベルとの対談を読んだ後も変わりませんが、すぐれた小説であることは論を俟ちません。
 あえて原発とその事故が描かれている密度からすれば、『福島三部作』、『あるいは修羅の十億年』、『献灯使』の順になりますが、文学性のようなものからすれば、この逆になるかもしれません。いずれにせよ適切な選考だったと思います。

〈ノンフィクション〉
 前回のフィクション部門に続き、ノンフィクション3作についての感想を述べさせて頂きます。
 吉田千亜著『孤塁――双葉郡消防士たちの3・11』は岩波書店より2020年1月に発行されました。
 あの大震災と福島第一原発事故のさい、被曝の危険も顧みず働いたのは原発地元の双葉郡消防本部の隊員でした。
 その本部は広野町、楢葉町、富岡町、川内村、大熊町、双葉町、浪江町、葛尾村から成る広域の消防業務を行なってきました。災害初日の3月11日、非番も招集して107名、さっそく怪我人・病人の搬送が始まりますが、原発でも事故の報に接し、大熊町にある原子力災害時の拠点「オフサイトセンター」に連絡員が派遣されます。原発の事故は予想以上に大きいようです。他の消防隊からの緊援隊が近くまで来ているはずですが、双葉郡内に入れないのです。
 こうして彼らは単独で、この修羅場を凌がねばならぬことになります。不眠不休で、孤塁を護らねばなりません。13日には原発構内へ入らねばならぬことになりました。致死的な被曝が起こるかもしれません。14日には3号機が爆発します。あちこちで決死の活動が続くのでした。やがて援軍も入って来ますが……。
 映画化され派手に宣伝された『フクシマ50』に比べると、地味な裏番組のような感じを受けますが、知られることなく忘れられる存在を世に顕すことこそノンフィクションの使命であり、本書がこの対象に選ばれたことは、まさに至適の選択だったと思われます。
 片山夏子著『ふくしま原発作業員日誌 イチエフの真実、9年間の記録』は朝日新聞出版、2020年2月発行です。
 イチエフ(1F,福島第一原発)作業員の取材は、東電社員の作業員はともかく、元請けの下の8次にまで及ぶ下請けの作業員となると、容易なことではなかったと思われます。
 強い隠蔽体質の東電としては、内部の事情は隠したいに違いありません。東京本社のポリシーは霧の中に隠すとしても、被曝線量シーベルトの問題があります。100ミリシーベルト(線量等量)を超すと作業不可という規則があるので作業員は隠し、会社は使い捨てにしようとします。こうした問題を著者は、序章は別として9章に分け纏めました。<原発作業員になった理由>、<作業員の被ばく隠し>、<途方もない汚染水>、<安全二の次、死傷事故多発>、<作業員のがん発症と労災>、<東電への支援額、天井しらず>、<イチエフでトヨタ式コストダウン>、<進まぬ作業員の被ばく調査>、<終わらない「福島第一原発事故」>といったところです。この中に計84の証言が含まれ、その夫々に小見出しが見られます。ジャーナリストの青木理は本書の解説において、「小文字を集めたルポルタージュ」と評しています。新聞の大文字で報じられるような大事件でなく、小さな証言が集められたのです。
 福島第一原子力発電所をイチエフと呼んでいたことが世に広まったのは、この本からでしょうか。東電社員はともかく、下請け作業員の酷い待遇が明らかになったのは大きな収穫でしょう。
 いとうせいこう著『福島モノローグ』は、河出書房新社、2021年2月の発行です。
 八篇のショートストーリーとして一気に読んだところ、どうやらノンフィクションだったらしいという傑作です。
 最初のWITH COWS は大熊でも原発からは距離のある牧場、そこの土は1キロ当たり6千ベクレルだが草は少ない。ベクレルは放射能の強さの単位ですよね。殺処分するな。次のTHE MOTHERS はABCD4人の母親の1ベクレルも摂取しない苦労話など。三番目のRADIO ACTIVITY には「おだがいさまセンター」なるものが出てくる。コミュニティFMかな。「ラジオやっぺ?」 次の a flower は、福島でなく気仙沼生まれですがいいですか、という問いかけで始まり、トルコキキョウが出てきます。これは福島県が名産地ですよね。 後半へ急ぎましょう。A LIFE OF A LADY は川内村生まれの「わだす」(女性)の話、福島弁が出てきます。次のa farmer は二本松市における有機農業の話で、ここでもベクレルが出てきます。新聞などでよく見かけるのはシーベルト(前出)ですが、視点が違うんでしょうね。THE LAST PLACE は復興住宅にいる96歳の老婆の話で、ここに来るまでには6回移ったと言います。ここでも少し福島弁が聞けます。最後の a dancer は、伝統的な日本舞踊の話で稽古場は福島市にあり、原発の後始末はまだ終わらないというモノローグが入ります。
 以上を要するに、ノンフィクション部門はフィクション部門に比べますと、より「脱原発社会」的でした。そして両部門を通じての印象は、さすがによく目配りのきいた適正な選考だったということだったのです。 (2021/5/12)

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